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尼崎市の阪急塚口駅前いのうえ消化器内科・内視鏡クリニックです。
「腸で呼吸する」「お尻から酸素を取り込む」――。
一見すると冗談のように聞こえるこの話題ですが、名古屋大学を中心とした研究グループが、ヒトにおける安全性を確認した最新の医療研究として、正式に発表されています。
今回は、名古屋大学が発表した腸換気法(Enteral Ventilation)について、
研究の中身と意義、そして消化器内科医としての当院の見解を交えて解説します。
◆ 腸換気法(Enteral Ventilation)とは?
腸換気法とは、本来は肺で行われる酸素と二酸化炭素のガス交換を、腸管(主に大腸)を介して行おうとする新しい呼吸補助の概念です。
名古屋大学の研究グループは、酸素を多く溶かす性質をもつフッ素系液体(パーフルオロデカリン:PFD)を腸内に投与することで、
腸粘膜を介した酸素供給の可能性を探ってきました。
この発想自体は動物実験で有効性が示されていましたが、ヒトでの安全性評価が行われたのは世界で初めてです。
◆ 名古屋大学によるヒトでの安全性試験
2025年10月、名古屋大学は健康な成人を対象に、腸換気法に用いるPFDを腸内投与した際の安全性を検証する臨床試験(First-in-Human試験)を実施し、その結果を公表しました。
この試験では、
- ・重篤な有害事象は認められなかった
- ・一時的な腹部膨満感などはあったが自然に軽快
- ・PFDは血中に検出されず、体内に吸収されないことが確認
といった結果が示され、ヒトにおける安全性と忍容性が確認されたと報告されています。
【引用元】
名古屋大学公式サイト
https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2025/10/post-889.html
◆ なぜ「腸」なのか?
現在、重症呼吸不全に対しては人工呼吸器やECMO(人工肺)が用いられますが、これらは高度な設備と侵襲を伴います。
一方、腸は
- ・表面積が広い
- ・血流が豊富
- ・ガスや物質の吸収に適した構造を持つ
という特徴があり、理論上はガス交換の「補助ルート」になり得る臓器です。
腸換気法は、既存の呼吸補助を置き換えるものではなく、あくまで補完的な新しい選択肢として研究が進められています。
◆ 消化器内科としての当院の見解
当院は日常診療で腸管の構造・機能・血流を扱う立場として、
この研究は「腸は消化吸収だけの臓器ではない」ことを改めて示した、非常に興味深い成果だと考えています。
一方で、現時点では
- ・実際の酸素化効果の検証はこれから
- ・重症患者での有効性は未確立
- ・長期的な安全性評価が必要
という段階であり、すぐに臨床で使われる治療法ではありません。
医療は「話題性」よりも「エビデンスの積み重ね」が重要です。
私たちは、こうした先進的な研究を正しく理解し、現実的な距離感をもって患者さんに情報提供することが大切だと考えています。
◆ まとめ|腸換気法は“未来の可能性”を示す研究
名古屋大学が発表した腸換気法は、
腸を使った新しい呼吸補助という発想の安全性が、ヒトで初めて確認された研究です。
今後の研究次第では、重症呼吸不全治療の選択肢を広げる可能性がありますが、
現時点では研究段階の技術であることを正しく理解する必要があります。
消化器内科としては、腸の可能性が新たな医療分野に広がっていく流れを、
今後も注視していきたいと考えています。

